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『依子の毎日』 第二十一話  
依子には昔、靖史と付き合うずっと前





好きな人がいた。



会社の上司で、結婚をしていた。







大学を卒業してすぐに入った会社で



右も左も分からない依子に優しく丁寧に指導していた。

依子は密かに思いを寄せていた。

ただ、不倫をするつもりはない。


それが生産的とは思わないからだ。



依子の気質として、『それが生産的とは思わない』と言う考えで終る場合と


その続きがある場合とがある。



この時は、後者の方だった。

上司への
伝えずにいるその思いは、発酵して少しづつ変貌していく。

その様は異様でもあり、動物的に魅力的でもあった。


自分を律する事で背徳の念が正当化され、その範囲で挑発的になっていく。


ブルガリのクリスタイン。


早く気づいて、奥さん。

罪の無い、私に。



被害妄想だけ持って
私にぶつかってきて。


依子は引き出しを整理していて、そんな事を思い出した。









もう



そんな自分はいない。



過去のこと。



今自分は平凡な幸せを手に入れて
満足している。


壊すものは、ナイ。





梅雨がもう終わったのかと思わせる2012年の7月。

三連休の最後の日。

今日は靖史と部屋の掃除をしていた。


結婚して一年。

そろそろ生活も落ち着いたし、新居を構えようと言う話になっている。


結婚生活にも慣れて
毎日を楽しんでいる。











依子の毎日 / comments(0) / trackbacks(0) / 根岸 由季  
『依子の毎日』 第二十話  
12月28日-南浦和-


街は年の瀬、と言うよりいよいよ新春を迎える空気が流れた。


先週日曜日は、表参道まで靖史とイタリアンを食べに行き、夫婦として初めてのクリスマスを楽しんだ。


昼の時間は先週出来なかった大掃除の残りに時間を費やし、今しがた夕飯の後片付けも終えた。


いつもはもう少し早い時間に二人で食べるのだが

今日は靖史の仕事納めの忘年会があり依子一人での遅めの夕飯となった。



時計は23時を少し越えていた。


無茶してお酒を付き合う人ではないが
あまり強くないので、大丈夫だろうか…

と依子は少し心配していた。



二人が結婚して半年経つ。



結婚式の時に母が厭味の様に靖史に言っていた言葉をふと思い出した。


『良くぞ決心してくれましたね』




……同感。


依子も自分の性格の面倒くささを恨む時がある。



だから、極力、人には関わらない様に、自分の気持ちは完結する様に過ごしてきた。



今年は初めて靖史の実家で家族と過ごす。


何を着て行くべきかな、と頭の中で自分の着せ替えを想像し始めた。




ちようどその時、

テーブルの上にあった依子の携帯電話がなった。


1コール。


そして切れた。



着信を見ると靖史からだった。


間もなく、扉の鍵が開く音がした。


ガチャ。



「ただいまー」
靖史の声が聞こえた。


「お帰りなさい。」
習慣的に依子は言って立ち上がった。


玄関でコートを脱ぎながら靖史は、目で合図した。

「これ、忘年会でなんか貰ってきた」

依子は、そう言って床に置かれた紙袋に目をやった。



「いやぁ、寒かったよ。外に出た時に酔いが一気に醒めるね」

「そうだよね、暖かいでしょ、お部屋、入っておいで」

そう言って腰を屈めた時、靖史の胸元を鼻がかすめた。


「部長がさ、来年度から新しい部署のチーフの下に僕を付けたいって言うんだよ。」


そう言いながら居間へ歩いていく靖史。


「ようやく最近、ちょっと早く帰れる様になったのに、また遅くまで会社にいないといけなくなるかも」


靖史の胸元から
今までかいだ事のない、靖史の匂いがした。



「それがさ、向こう側のペースで話を進められちゃってさ、こっちが口を挟む隙もないの」



依子は神経を集中させ現在起きている出来事を反芻させる。






「………依子?……聞いてる?」






ブルガリのクリスタイン。


女ものの

香水だ。




依子の目が大きく開いた。



「依子?どうかした?」



つばを飲み込んだ。


息を整えた。



それが想像を越える苦しさだった。





とりあえず頷いた。


「どうしたの?依子」


靖史には疑うべき余地がない。


「依子。」

でも嗅覚で知らされた一抹の不安。


「さっき、電話したよね、私に」


依子は咄嗟に言った。



「ああ、間違えてかけちゃったんだよ、リダイアルで。ごめんね」


靖史はきょとんとしながら言った。


「うん、そう。その事を言おうとしてたのに……急にど忘れしちゃって、あれぇ、何言おうとしてたかなって、今思い出してたの」



「そっか、ただの間違いだよ、ごめんね。いやに神妙な顔してたからビックリしたよ」


「ごめん、ごめん。本当に、思い出してただけ」






うん。分かってる。


疑う私が

間違っている。


香水を使っていた昔の私が

いやらしかっただけ。


一瞬、それが、過ぎっただけ。


「お腹は?


大丈夫?」


依子は持ち直した。


依子の毎日 / comments(0) / trackbacks(0) / 根岸 由季  
『依子の毎日』 第十九話  
東京−大手町−

10月11日   18時11分

連休が明け、冬の寒さを持って、秋が訪れた。

先週はしばらく雨の日が続いたが
この三日間は天気の良い行楽日和となった。


「昨日高速、連休帰りのラッシュで、凄かったみたいよ」
若い社員達がコートを羽織りながら、喋りながら足早に通り過ぎて行った。

靖史は、ちらりと目をやりながら

「連休だったか・・・・」と呟いた。

思った以上に空気が冷たい事に気づき
コートの襟を立てた。



『よし、今日は鍋にしよう』




靖史は
大手IT企業M会社、大手町支店に勤務している。



今まで多忙極まりない毎日であったが、SEから役職が変わった為
今の季節、街並みが明るいうちに帰れるようになった。


そうはいっても少しずつ日が落ちるのが早くなり、自然と夕飯の事を帰り際考えるようになった。



靖史は携帯電話を出した。


番号登録してある依子にかけた。


「あ、もしもし。依子?今終わったよ、お疲れ様。今から帰るよ。今日さ、寒いし、晩ご飯鍋にしない?
トマト鍋。帰りに材料、八百屋で買ってくるからさ。うん、うん、はーい。じゃあね。」

電源を切る。


これが既に二人の日常となった。







靖史と依子は結婚していた。


今年の6月だった。



これからの日本、また二人の今後も考えさせる今年の春であった。



埼京線沿線に引っ越し、今は一緒に暮らしている。

依子は仕事を辞め専業主婦となった。


靖史が地下鉄の階段を降りようとしたその時、電話が鳴った。


依子からだった。


「どうしたの?」


電話口から依子の声が聞こえる。

「あ、トマトね、今日、コープで完熟のがあったから買ってあるよ。先刻、言うの忘れちゃった。
それから、こないだのお返しの買い物で今日銀座言ったんだけど、その時靖史の好きな地ビール、買っておいたから。お酒あるからね」

靖史が有難う、と言うと、依子は少し照れて

「待ってるよ」と伝達した。


二人の新しい生活は始まっていた。


依子は今、幸せだった。


靖史と結婚し、自分の居場所を再確認したのだ。


















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『依子の毎日』 第十八話  
2011年1月13日 赤羽
(この回はR15指定です)

1月13日、午前0時を回った。


「ば…か…や…ろ…とか。言ってみる。私。」


ベッドの上で、依子は意味のない言葉を呟いた。

誰かに対して言葉を吐いている訳ではなく、言わないよりは心が落ち着く、くらいの理由だった。

「あ…知ってるよ…そんなん…私が…なんでか…」


「あぁ…おいおい…ああ…全くもってね…」


頭を働かせない為に。

お経の様に意味のない言葉を一人でぶつぶつと口にしていた。

そうでもしないと



思い出してしまう。


あの

夜の出来事。




暗い廊下で、隆太が耳元で囁いた言葉や



自分でも思わず隆太の広い背中をぐっと求めてしまった衝動や


唇が重なった瞬間に

総てが解けたあの高揚感。



隆太の手は

依子の体を一つ一つ丁寧に確認していった。

依子も
隆太の欲望に答えていった。





正月休みを終え

まだ何とか平常心を保っていた三が日。


そして、仕事初め、正月ボケを感じさせないようにした一週間。


全てがまるでお膳立てされた行事の様に終わり

ここからが




依子にとって







正念場だった。








少しでも気を抜くと




思い出す、あの夜。




あの夢の様な夜。











隆太が呟いた。







「俺、高田さんといたい」









依子は、隆太に抱きしめられながら心音を聞いていた。







あ……今おんなじ呼吸してる。



それだけで


返答はいらなかった。








隆太は


思ったより


筋肉質だった。



それは、何かトレーニングをしている体ではなく



働く体だった。




隆太に強く抱かれながら
依子は薄々感ずいていった。



こんな


働く体の人が



踏み外した過ちはしない。




きっと



今回限りの



ちょっとした





火遊びなんだ。


依子は



執拗に体を求める隆太に



少し冷たい態度をとった。







隆太は、慣れている。






こんな風に

悪気もなく


他の女も抱いてきた事だろう。





あらわになる自分の体を眺めつつ



依子は思った。



本当は大きな声で叫びたい。




私を、ぐちゃぐちゃにして。



私をあなたの好きな様にして。





だけど依子は叫べなかった。





体では快楽を感じつつ




隆太を自分の物に出来ないジレンマと



戦っていた。






隆太の


タッチが


優しい。




それが愛おしくて




歯痒かった。






「ねぇ、隆太君……」


依子は隆太の


弓なりほどいきり立ったソレを口で優しく愛でた。





「え………高田さん、いいよ、そんな……無理しないで」




しかしながら隆太の目は



確実に求めていた。




桃色の夥しい花びらは


いやらしい色香を匂わせながら


否が応でも



隆太の鼻先をくすぐった。





「高田さん、すごいよ、ねぇ、高田さん」



依子は普段、靖史と交わす
愛の行為を思い出す。





そこには別の自分がいた。


隆太君
何にも言わないで。



お願いだから。





依子は



隆太の

肉欲の奥で燃えたぎる 焔に火を着けたのだった。





依子の毎日 / comments(0) / trackbacks(0) / 根岸 由季  
『依子の毎日』 第十七話   
(この回はPCでお楽しみください)

12月25日 西新宿

22時を過ぎた頃。

新宿駅から少し離れたビジネスホテルに二人はいた。


12階にこ洒落たラウンジがあり、ビジネスホテルにしては、雰囲気の良い場所だった。

クリスマスでもシングルルームは空いていた。

カウンターに座ると

新宿の夜景を楽しめる。

今日は少し曇っていて
遠くまでは見る事が出来なかった。


二人はカウンターに座って、隆太はジン、依子はマティーニを頼んだ。


隆太は正面を向いたまま

「高田さんて、意外と解りやすいんだね」
と言った。


「あんな顔しちゃって…。で、何?彼氏になんか言われたの?」


「あ……、う、うん、ごめん、ちょっとメールがあって…。うまくいってない訳じゃないんだけど…」


「…………そっか。」



そう言って隆太は前を向いた。



依子は困った。


私はどうしたら良いのだろう。
こんなとこまで、来てしまって
隆太君を足止めする嵌めになってしまった。

きっとこう言う女は面倒臭いし
気を遣って私に付き合ってくれているに違いない。 もしかして苛立っているかも知れない。

申し訳ない。




いつもに増して
隆太は黙っていた。

この沈黙が依子には痛かった。





氷が溶けてグラスの中で角が取れる。


それをグルグルと回しながら隆太がつぶやく様に話かけた。


「昔さぁ、付き合ってた、中学の時のね、清美、いたじゃん」




依子は隆太の顔を見た。

「清美って仲良かったよね?」


「うん、うちらの組だった」


「清美ってさぁ……、ああ見えて、めちゃめちゃ他の男子と遊んでたんだよ」



依子は目を見開いた。


「うそっ???」



「いやぁ、うそじゃないよ、だって俺、結構清美から教わった事多いよ」

半笑いな様子で隆太は言った。



「えー!!だってあんなに大人しそうだったじゃん!てっきり、隆太君の事をベタ惚れしていたんだと思っていたよ!」



「まぁ、俺だってガキだったからさぁ、良く分からなかったけど、今考えてみたら、ね。」



依子は清美の事を思い浮かべた。

ショートヘアで
色黒で
陸上一筋

そんな清美が隆太と付き合う事になって


驚いた事を思い出した。

そして10年以上経った今、更に驚く事となった。


「やっぱね、男の方が子供だよ、ちっちゃい頃から女の子の方がませてる。って思わない?」
隆太が笑いながら言った。



「そうかも知れないけど、ちょっとびっくりしたよ…意外過ぎて。
え?だって、教わったって何を?中学生で?」


隆太は首をかしげる振りをして言った。

「う〜ん………、何を?………何を?……何を…………ナニを?」




依子は少しにやけて、ゆっくり言った。


「え、下ネタ?!」


隆太は思わず自分の言ったくだらなさが可笑しかったみたいで


子供のようにしつこく笑っていた。




多分



慰めてくれてる。



依子は思った。




中学の同級生。


ひょんなことから再会した。


ずっとずっと大人に見えたクラスメイトが

結婚して

子供もいて

家族の為に東京で働いてる。




やっぱり、人って落ち着いたり
守るものを作ったりして

自分の存在を確認していくんだなぁ、と依子は思った。

隆太の男としての『安心感』が見えた。

と同時に靖史とは、これから上手に付き合えるんだろうか、と言う不安に駆られた。


隆太の様に、優しくて真っすぐで何でも受け入れてくれる人しか成し得ない事なのではないか。


何故だか、依子は隆太の奥さんを想像した。


「まぁとにかく、俺発作的に誘っちゃったけど、ごめんね、もう終電近いよね、これ飲んだら降りよう。」


隆太がカウンターに出していた鍵をポケットにしまった。

『302号室』


その時電話が鳴った。



隆太は



電話に出ようとしない。

見つめたままだった。

しばらくして電話は切れた。

「どうかし…」
依子言い終わる前に

隆太は黙って依子をじっと見た。

依子は隆太の何かを生理的に感じ口をつぐんだ。

この目だ。
隆太君のこの目。


この真っすぐで裏表のない、気持ちを見透かす様な目。


視界の中でイルミネーションが点滅する。



気づけば依子の腕時計は23時40分を指していた。
そろそろ帰らなくてはならない時間だった。




きっと


ここで隆太君と何かある事に
生産的な物はない。



自分や誰かが傷つくだけでしかない。


そう思った。


「かえるよ」


依子が言うと隆太は「下まで送ってくよ」と言って席を立った。




エレベーターに乗り込む。




隆太が一階を押す。


オレンジ色のランプが着いた。



3階は点灯しないままだった。



「今日は有難う。また年明けた時に、飲みましょう」依子が言う。

エレベーターの扉が閉まる。



二人きりの個室。



3階は点灯しないままだ。


依子の首元のネックレスが嫌に生々しく見える。


エレベーターが動き出した。


隆太は黙っていた。



11階



10階



白いランプがゆっくりと移動する。


3階は点灯しないままだ。


「高田さんにあんな寂しい顔させる彼氏なんて羨ましいよ」


急に隆太が言葉を発した。


依子はドキッとして変な笑いをした。


3階はまだ点灯しないままだ。



隆太は黙った。

依子も黙った。


二人はどちらかが言い出すのを待っているかの様だった。



雷の音を怖がりながらも閃光に興奮している気持ちだった。






7階




6階



4階




3階は点灯しないままだ。





その時






エレベーターが止まった。





扉が開くと従業員と思われる少し年のいった男性が、エレベーターに乗ってきた。




3階だった。




扉が閉まりかけたその時

隆太は依子の手を握って強く引いた。




二人はエレベーターから飛び降りた。



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エレベーターから降りると、廊下は既に暗くなっていた。




依子と隆太は抱き合っていた。



隆太の胸にすっぽりと依子の頭が入っていた。






お互いの胸の鼓動が、この静かな廊下に響いた気がした。




依子はゆっくりと顔を上げた。




隆太はゆっくりと顔を下げた。



唇が重なった。



こんな事は全く生産的でない。



それは分かっている。


分かっているけど


二人は止める事は出来なかった。




初めて味わう背徳の観念であった。
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『依子の毎日』  第十六話  
12月25日

22時前  新宿

二人は新宿に出た。


隆太がどうやら家に電話をかけている。
そして自分の泊まるホテルを探しているみたいだ。

「高田さんの終電何時頃?」


隆太が聞いてきた。

「隆太君、本当にあたし大丈夫。ごめん、急げば帰れるんじゃない?」


依子は申し訳なく思った。


依子に付き合う形で これから飲む事になったのだ。



しかしその申し訳ない気持ちと裏腹に

依子は自分の女性性に驚いていた。


(あたし、寂しい顔なんて、するんだ。)



すると
隆太は手を挙げた。


「高田さん、タクシー乗るよ。」


二人は西新宿へと向かった。

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『依子の毎日』 第十五話  
12月25日 亀戸

亀戸のホルモンは驚くほど美味だった。

亀戸駅を降り小路を行った所に3店舗あるお店の1号店。

お店は昔の屋台さながらの作りで
コンクリートにテーブルと丸椅子が置いてある、お世辞でもきれいと言った内装ではなかった。


しかしながら依子は既に満面の笑みであった。

「これ、本当に美味しい!」

肉厚ながら口の中に入れると瞬く間に

美味しい肉汁を放ちつつ
蕩けていくホルモンに依子は舌鼓をうった。


「意外とねぇ、こういう店って、群馬に住んでるくらいが詳しかったりするんだよ、雑誌とかで」



ホルモンの価値観を変えるくらいの美味しさだった。


「いや、これ凄いね、食べたことないよ。一時間待った価値があるよ」


隆太は笑って言った。

「こないだ来た時はさ、真夏だったんだよ、だからこの炭火の熱さで、熱中症になりかけて、帰り、飲んでるし、めまいがして大変だった」


「ホルモンで熱中症?そんな事あるんだ!でもその価値ある美味しさだね!」


もくもくとする煙りの中で、話も弾む。

すると
「はい、お待ち。レバ刺しですー」


店員がお皿をテーブルに置くと

その大きさに依子は声を挙げた。



「何これ?レバ刺しって…刺身じゃないよ、レバーの塊!!」



「これをねぇ、ゴマ油と塩と葱をのっけて食べると絶品なんだよ!食べてみなよ」


美味しいものを目の当たりにすると
人は話が尽きない。

時間はあっと言う間に過ぎていった。


依子は隆太に対しての距離がなお、近くなっていく事を気づいた。

『どちらかと言うと、もう友達』

そんな感じだった。




「会社の新年会から…もうすぐ一年が経つのか…早いねー」


二人とも四杯目を飲み終わるところだった。


「今日、クリスマスだよね、高田さん、今日誘っちゃって悪かったんじゃない?」

隆太が言った。

「あ、今日クリスマス!!そうか、そうだよね、あんまり、そういうのないから。
・・・・・・・って言うか、ごめんなさい、隆太君こそお子さん大丈夫?パーティとかするんじゃないの?」


「ああ、うちはね、昨日だったよ。クリスマスパーティして、プレゼントあげて。さすがにね、ちっちゃいうちは、楽しんでくれるよね。」

依子が笑った。

ふと携帯に目をやると、メールの着信を知らせる緑のランプが点滅している事に気付く。



依子は携帯を開いて見ると
靖史のメールだった。



『明日、やっぱり仕事だよ。もう大丈夫。ごめんね』





依子は
何となく
取り残された
気がした。


靖史の事を考えた。



靖史の事をずっと心配して
何日も過ぎた。

こうして他の男性と
一緒に食事をしていて
楽しく時を過ごしている。


明日は元気な顔で
靖史に会いたいと


思っていた。



思っていたのに。




少し


依子は悲しい顔をした。







すると


隆太が


何も言わずに
依子の肩を摩った。



「もう出よう。飲みなおそう」


依子は頷いた。





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『依子の毎日』第十四話  
靖史の深夜の電話から

連絡がない。


12月22日 、三日経った。
年の瀬も迫り、そろそろクリスマスイルミネーションに見慣れた。


『また連絡する』


そう告げて切った電話。


言った事を覚えているんだろうか。



依子は靖史本人にも何となく連絡が取れず


ヤキモキしていた。





「高田さん」




声をかけられ

振り向くと

そこには隆太がいた。



「ああ、隆太君、お疲れ様ー。今日はあまり寒くないね、雨上がって。あ、今日納品日だっけ?」


「うん、納品日。」


「そっかぁ…」

依子はぼんやりと隆太を眺めた。


今までに比べて

警戒が取れている、依子は感じた。

(あれ…隆太君が近い)

あまりにも依子が黙りぼーっと微笑んでいるものだからものだから隆太は言った。

「高田さん





口、開いていてますよ」


依子は顔から火が出るほどの恥ずかしくなり
口に手をあて後ろを向いた。




隆太が大きな声で笑った。


依子は真っ赤になりながら

言葉も出ず


下を向いていた。




しばらくの間隆太は笑っていたが
息を調えてこう言った。


「いや、笑ってすみません、なんか最近、元気がないって聞いていたから、ちょっと心配してたんだよ。」


依子は幹枝や今奈良さんが頭に浮かんだ。



「明日、こっちで同級生に会う用事があって、僕、今日車じゃないんです。一杯付き合えますよ。明日お休みだし」



依子は少し考えた。


今靖史の事で頭がいっぱいだった。


少なからず、こないだまで懐かしい甘い記憶に浸っていた相手と

では今日飲みますか、と言う気は起きない。


依子が黙ると

隆太も黙った。



隆太の息遣いが聞こえた。




「やっぱりなんかあったんだ。」




依子は言葉が出なかった。

もともと人に相談する事のない依子は

悩みの打ち明け方も甘え方も分からない。



隆太がまっすぐな目で依子を見る。



足をすくわれた様な感覚に落ちた。




「何でも聞きますよ、じゃあ、今週土曜日はどうですか?亀戸で有名なホルモンに行きませんか?」



土曜日……


日曜日は靖史と会うかもしれない、その前日に会うのか……





一瞬依子は悩んだが



『考え込むべき事ではない』
のも気付いていた。



「わかった、じゃあ土曜日に。」



隆太はホッとした顔をした。


「えっと、土曜日、18時に新宿の東口で。大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫です。」




少し密約を交わした気持ちにはなったが


これが気分転換になれば 良いと、依子は思った。

「ホルモンですよ、ホルモン。腸が飛び出る程、うまいよ」



依子は笑った。




靖史からの連絡はまだない。






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『依子の毎日』 第十三話  
依子の朝は毎日余裕がある。

ドリップしたコーヒーの香りが部屋中を漂う。

良く眠れなかった日曜日の朝でも、
いつもどおりに起きて
日課をこなした。

しかしながら昨日の靖史の言動をぼんやり思い返していた。




大丈夫かなぁ…



依子はコーヒーをすする。

もともと

好きだとか、嫌いだとかの

感情に依子は重きを置けなかった。


感覚で
『靖史とは合う』

と思っていたけど

言葉や態度で感情を表したりしない。


靖史も同じだった。


いつしか二人は惹かれあい
付き合う様になったが


一緒にいて
優しくお互いの事を考えるのが当たり前で

それは二人が求めていたお互いの穴を埋める為の
二人の居場所でもあった。


自愛に満ち利己的でもあるし

そこはかとない思いやりのある様にも見えた。


その穴を



靖史が掘り出したのだ。





………………………


考えていてもきっとしょうがない。


そうは思っても
頭の影になっている部分で

その存在だけは大きく主張している。



………………



また、ため息をついた。



「年賀状は24日まで」

テレビでいつもの俳優がいつもの笑顔で言っている。

とりあえず、年賀状書かなきゃ。


依子は重い腰を上げた。





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『依子の毎日』 第十二話  
12月19日


携帯が震えた。


ちょうど眠りに落ちかけた深夜三時。


依子は反射的に電話を取った。


深夜の電話はいつも依子をドキッとさせる。

かかって来ている相手も確かめずに
どこかの誰かがきっと緊急事態なのかと思って
電話に出た。

「もしもし?」




「あ、ごめん、おれ。」
電話の相手は靖史だった。



依子は少し「おれ」と名乗る人を考えた。



依子には姉しかいないので、家族ではない。
とすると

電話をかけてくるのは靖史か
いたずら電話しかない。



少し躊躇して答えた。


「誰?」




「あ・・・・・ごめん・・・・・寝てたよね。靖史・・・だよ。」



こんな時間に靖史が電話をかけてくるわけがない、時間を確かめると

午前3時16分。




「どうしたの?」
依子が言うと靖史は

申し訳なさそうに答えた。


「ごめん、今部屋に着いた。」


その一言で靖史が相当酔っ払っている事に
依子は気づいた。



「・・・・大丈夫?今、部屋なのね?」要領良く聞いた。





「うん・・・・今着いた・・・・タクシー使って帰ってきたよ。」



「じゃあ、そのまま寝れるのね?大丈夫?」




「うん、もう寝る。」




いつも滅多に自分の行動について連絡をしない靖史が
『報告』と言う形で依子に連絡するのは今回が初めてである。





「大丈夫?何かあったの?」





依子が問うと
靖史はしばらく黙ってから


「・・・・・・・・・・来週の日曜日って
会えるんだっけ?・・・」


依子は自分のスケジュールを働かない頭でようやく思い出した。
「来週の日曜は、確か靖史が何かミーティングがあったよ、私は買い物の予定だったけど。」



「・・・・そうか、ごめんね。もし時間が取れたら会えるかな。」



初めてと言うくらい靖史から人間的な言葉を聞いた。



靖史とは価値観が似ている。

役割や存在する場所について今まで共感を得てきた同じ仲間であるという意識の中で

初めて靖史が弱音を吐いた気がした。




「う・・・ん・・・・、大丈夫だよ。」



依子は靖史の事を思った。
酔っ払った状態と言えど、こんな、約束する言葉を言わせていいものかと。


「有難う・・」



今まで聞いた事のない言葉に依子は戸惑った。


靖史がきっと何かで困っている。




そう思ったが


依子と靖史の間では


そう言ったやりとりが交わされていない為
依子自身も何と言って良いか迷った。


「うん・・・・お休みなさい」


依子は

そう言って電話を切った。



消化されないまま



依子は朝を迎えた。























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