(この回はPCでお楽しみください)
12月25日 西新宿
22時を過ぎた頃。
新宿駅から少し離れたビジネスホテルに二人はいた。
12階にこ洒落たラウンジがあり、ビジネスホテルにしては、雰囲気の良い場所だった。
クリスマスでもシングルルームは空いていた。
カウンターに座ると
新宿の夜景を楽しめる。
今日は少し曇っていて
遠くまでは見る事が出来なかった。
二人はカウンターに座って、隆太はジン、依子はマティーニを頼んだ。
隆太は正面を向いたまま
「高田さんて、意外と解りやすいんだね」
と言った。
「あんな顔しちゃって…。で、何?彼氏になんか言われたの?」
「あ……、う、うん、ごめん、ちょっとメールがあって…。うまくいってない訳じゃないんだけど…」
「…………そっか。」
そう言って隆太は前を向いた。
依子は困った。
私はどうしたら良いのだろう。
こんなとこまで、来てしまって
隆太君を足止めする嵌めになってしまった。
きっとこう言う女は面倒臭いし
気を遣って私に付き合ってくれているに違いない。 もしかして苛立っているかも知れない。
申し訳ない。
いつもに増して
隆太は黙っていた。
この沈黙が依子には痛かった。
氷が溶けてグラスの中で角が取れる。
それをグルグルと回しながら隆太がつぶやく様に話かけた。
「昔さぁ、付き合ってた、中学の時のね、清美、いたじゃん」
依子は隆太の顔を見た。
「清美って仲良かったよね?」
「うん、うちらの組だった」
「清美ってさぁ……、ああ見えて、めちゃめちゃ他の男子と遊んでたんだよ」
依子は目を見開いた。
「うそっ???」
「いやぁ、うそじゃないよ、だって俺、結構清美から教わった事多いよ」
半笑いな様子で隆太は言った。
「えー!!だってあんなに大人しそうだったじゃん!てっきり、隆太君の事をベタ惚れしていたんだと思っていたよ!」
「まぁ、俺だってガキだったからさぁ、良く分からなかったけど、今考えてみたら、ね。」
依子は清美の事を思い浮かべた。
ショートヘアで
色黒で
陸上一筋
そんな清美が隆太と付き合う事になって
驚いた事を思い出した。
そして10年以上経った今、更に驚く事となった。
「やっぱね、男の方が子供だよ、ちっちゃい頃から女の子の方がませてる。って思わない?」
隆太が笑いながら言った。
「そうかも知れないけど、ちょっとびっくりしたよ…意外過ぎて。
え?だって、教わったって何を?中学生で?」
隆太は首をかしげる振りをして言った。
「う〜ん………、何を?………何を?……何を…………ナニを?」
依子は少しにやけて、ゆっくり言った。
「え、下ネタ?!」
隆太は思わず自分の言ったくだらなさが可笑しかったみたいで
子供のようにしつこく笑っていた。
多分
慰めてくれてる。
依子は思った。
中学の同級生。
ひょんなことから再会した。
ずっとずっと大人に見えたクラスメイトが
結婚して
子供もいて
家族の為に東京で働いてる。
やっぱり、人って落ち着いたり
守るものを作ったりして
自分の存在を確認していくんだなぁ、と依子は思った。
隆太の男としての『安心感』が見えた。
と同時に靖史とは、これから上手に付き合えるんだろうか、と言う不安に駆られた。
隆太の様に、優しくて真っすぐで何でも受け入れてくれる人しか成し得ない事なのではないか。
何故だか、依子は隆太の奥さんを想像した。
「まぁとにかく、俺発作的に誘っちゃったけど、ごめんね、もう終電近いよね、これ飲んだら降りよう。」
隆太がカウンターに出していた鍵をポケットにしまった。
『302号室』
その時電話が鳴った。
隆太は
電話に出ようとしない。
見つめたままだった。
しばらくして電話は切れた。
「どうかし…」
依子言い終わる前に
隆太は黙って依子をじっと見た。
依子は隆太の何かを生理的に感じ口をつぐんだ。
この目だ。
隆太君のこの目。
この真っすぐで裏表のない、気持ちを見透かす様な目。
視界の中でイルミネーションが点滅する。
気づけば依子の腕時計は23時40分を指していた。
そろそろ帰らなくてはならない時間だった。
きっと
ここで隆太君と何かある事に
生産的な物はない。
自分や誰かが傷つくだけでしかない。
そう思った。
「かえるよ」
依子が言うと隆太は「下まで送ってくよ」と言って席を立った。
エレベーターに乗り込む。
隆太が一階を押す。
オレンジ色のランプが着いた。
3階は点灯しないままだった。
「今日は有難う。また年明けた時に、飲みましょう」依子が言う。
エレベーターの扉が閉まる。
二人きりの個室。
3階は点灯しないままだ。
依子の首元のネックレスが嫌に生々しく見える。
エレベーターが動き出した。
隆太は黙っていた。
11階
10階
白いランプがゆっくりと移動する。
3階は点灯しないままだ。
「高田さんにあんな寂しい顔させる彼氏なんて羨ましいよ」
急に隆太が言葉を発した。
依子はドキッとして変な笑いをした。
3階はまだ点灯しないままだ。
隆太は黙った。
依子も黙った。
二人はどちらかが言い出すのを待っているかの様だった。
雷の音を怖がりながらも閃光に興奮している気持ちだった。
7階
6階
4階
3階は点灯しないままだ。
その時
エレベーターが止まった。
扉が開くと従業員と思われる少し年のいった男性が、エレベーターに乗ってきた。
3階だった。
扉が閉まりかけたその時
隆太は依子の手を握って強く引いた。
二人はエレベーターから飛び降りた。
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エレベーターから降りると、廊下は既に暗くなっていた。
依子と隆太は抱き合っていた。
隆太の胸にすっぽりと依子の頭が入っていた。
お互いの胸の鼓動が、この静かな廊下に響いた気がした。
依子はゆっくりと顔を上げた。
隆太はゆっくりと顔を下げた。
唇が重なった。
こんな事は全く生産的でない。
それは分かっている。
分かっているけど
二人は止める事は出来なかった。
初めて味わう背徳の観念であった。